秋田のわらべ唄

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秋田のわらべ唄
佐々木昭元(19)

 [地口(じぐち)の唄]




 日本の民謡の中で「秋田音頭」はまさに異色の歌である。地口(じぐち)(俗語などに同音または声音の似通った別の語句を当てて、違った意味を表すしゃれ)音頭ともいわれるが、そのおもしろいしゃれの詞は快刀乱麻(かいとうらんま)に世相や人生の機微をあらわしてはばからない。最近の不正などもその餌食(えじき)になっているようだ。これは秋田県人の心が歴史的に健康そのものであった証拠でもあり、歌からわきでる哄笑(こうしょう)は庶民のエネルギーの現れでもある。
 過日私は県立由利高等学校民謡部の「秋田民謡の息吹」と題した演技に接したが、県民会館のステージいっぱいにはつらつと「秋田音頭」を演じる姿のすばらしさに涙が出た、、全国から集まった千二百人のどよめきは感動の共鳴であった。秋田音頭の地口のおもしろさは、わらべ歌にも多く伝承されている。大人と同じく子供も生活者であり、その基盤から歌の発想が生まれるのである。


ひやかしの歌

 ひやかしの対象は同輩か年下が多いようである。それは、歌を投げかけて反対にしっぺ返しをされる心配がないからである。

  ♪うろだぐカラス に団子一つ

 先駆けを争っているときに、先をとられたものが悔し紛れに歌いかけるのがこの歌。大抵は先着が有利なのだが、時にはゆっくり行った方がかえってよい結果を生むこともあるのだからこの歌も捨てがたい。短い歌詞に飽きたらず、別の歌とつなぎ合わせて歌う地域もある(地域というよりは遊びの群れが変化を作り出す)。

  ♪うろだぐ力ラスに 団子一つ
   力ラスカラス
   んな父(てで) どちゃ行った
   麹(こじ)取りに 参(め)った
   どりゃその麹
   酒造り申した
   どりゃその酒コ
   飲んでしまい申した
   どりゃその粕よ
   犬んコに食(か)せ申した
   どりゃその犬んコ
   殺してしまい申した
   どりゃその骨よ
   焼いてしまい申した
   どりゃその灰よ

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   長者殿(で)の畑さほちほちと
   撒(ま)いてしまい申した

 幼い子へ向かって歌うものは詞の裏に温かさが含まれている。

  ♪大っきぼっこ ばえだ
   アメ買って なめれ

  ♪大っきモチ けだば
   んたどて 投げで
   小っちゃモチ けだば
   んたどで 投げで
   ネコのクソ けだば
   にっこり 笑った

 「ぼっこ=坊ちゃん」が大人の背におぶさっている様子をひやかしているのである。アメなどをなめるのは幼児であって、大きくなると我慢しなければなかった。それがちょっとうらやましいのである。
 モチの歌は、なんでも「いやだ」といってすねる子をひやかしている。「ネコのクソ」からのくだりは周囲の笑いを誘う。


権威をはぎ取る

 子供の心はナイーブである。だから中身のない偉ぶりには本能的に反発する。そして歌によって破壊を試みる。

  ♪姉コ起きれであぁおおごとだ
   戸棚の塩辛瓶(しょがらがめ) チャコまげだ
   しゃくしないどて 手でさらって
   その手でお釈迦様さ 団子あげた
   お釈迦臭いどて鼻曲げだ
   その鼻治すに 三日かかった

 戸棚においてある塩辛の瓶をネコがひっくり返してしまった。つまり権威というものが持っている仮面をはいで快哉(かいさい)を味わっているのだ。

  ♪おいっちにのだんなさん
   足コちょとあげて
   臭いはなんだ
   おがわの 煙(け)ぶコ

 おいっちにの薬売りは、手風琴(てふうきん)を鳴らして金モールの服に学生のような帽子をかぶり街角にいた。それを歌ったのだが、だんなさんは巡査の代名詞になった。威張りちらしていた国家権力の末端である巡査を笑い飛ばしたのである。「巡査なんて威張っているけれど、ちょいと足をあげると臭いお尻をもっているんだ」にはサーベルを振り上げようにも力が抜けたに違いない。「おがわ」とは「尿瓶(しびん)」のことである。
 つぎも同じ発想である。

  ♪おいっちにのだんなさん
   足コペんとあげて
   くそコぴりっと垂らした


禁忌(きんき)への好奇心

 最近は性への関心を持つ年齢が早くなったといわれるが、昔でもかなりの早熟がいた。遊びの群れの中にはそのような子供がいて、大人の見えないところでいろいろな知識を伝授していたものである。

  ♪あねちゃ 木登り上手
   下から見えるもの何一んだ
   あんび けゃっこのもっくもく

  ♪下から見えるもの 何んだんべ
   海の貝(き)ゃっコに 似たもの

 第二次世界大戦が終結するまでは男子と女子が一緒に遊ぶことはまれであった。特に学校ではほとんど一緒に遊ばなかった。それは大人の社会からの強制であった。男の子が産まれることを願うのは常識であったし、政治的には女性に選挙権がなかった時代である。

  ♪男と女ごと 大(おお)遊び
   げたコぶっつけだって
   離れねや
   白水(米のとぎ汁)かけだって
   離れねや

  ♪男と女ごと こっきゃこしょ
   俺らぁも かてねば(入れねば)
   ごしやげる
   草履コ ぷっつけても
   まだよけね 足駄コぶっつけたば
   ちょっと よけた

  ♪男と女ごと ちょうせんこ
   あんまりちょして
   泣かせんこ

  ♪男と女ごと ちょうせんこ
   赤い屏風(びょうぶ)コ立てで
   白い屏風コ立てで
   ぎゃんだぎゃんだ ちょして
   ぎやんだぎゃんだ
   泣かせえな

  ♪男と女ごと 仲良しこ
   おらだの 呼ばたて
   返事さねゃ 

 口では強がりを言っていても、腹の底では妬(ねた)ましさがいっぱいでなのである。
 これらの歌は女の子に男の子がひとりだけ入って遊んでいるようなときに、それを標的にして歌う場合が多い。ただ男子、女子が大勢群れて遊ぶ場面も、巷(ちまた)では少なからず見られることは普通であり、おてんばな子供が女ガキ大将になる例だってそんなに珍しいものではなかったのだから、子供はいつの時代でも平等な感覚を持っていたのである。


天衣無縫(てんいむほう)の発想

 地口には道徳などという制約はなくて高邁(こうまい)な哲学とか宗教などとは無縁な「ホラ」の類(たぐい)が発想の命である。

  ♪元旦の朝まに
   ちょま嬶(かが) 屁ふた
   唐(から)まで聞けだ
   空の天竺(てんじく)の鬼コら 笑った

  ♪唐がら唐がら 日本さ
   富士の山 もらうに来た
   けるだがら けるだから
   袋持ってこい

 「屁(へ)ったれ嫁」の昔話をおもわせる気宇広大(きうこうだい)な歌である。美音を発した時のすっきりした感覚を見事に歌った。天竺の鬼が笑うほどの快音だったのであろう。
 富士の山をもらいに来たので、くれてやるからそれが入る袋をもってこいというのである。これもスケールが大きい。これは実は、何か大量にくれてやる子にたいして語りかける歌なのである。畑の収穫物は盛りの時期には自分の家では食べきれないほど大量になる。そんなとき近所に分けてやるのである。かさばる物の場合は「袋を持ってきてね」と言う。それを歌にするとこうなるのである。日常の些事(さじ)から壮大な連想を産むことができるのである。