マインロード荒川

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鉱山の歴史と地底の神秘

 わが国第一の鉱山県秋田。その歴史は古く、尾去沢鉱山の発見は七〇八年と伝えられている。しかし資源の枯渇などから次第に鉱山の灯は消え、今では県北部の大館市、小坂町で三つの鉱山が創業するだけとなった。
 県内最古の鉱山として隆盛を極めた尾表沢鉱山が、閉山から四年後の昭和五十七年に観光坑道「マインランド尾去沢」として再び私たちの前に現れ、多くの観光客を集めているが、今また再生への道を踏み出した鉱山がある。仙北郡協和町の「マインロード荒川」である。昭和初期まで銅を中心に産出した荒川鉱山の一部が観光坑道として整備され、よみがえったものである。
 荒川鉱山(同町荒川)は一七〇〇年に発見され、一七三八年から五年間は藩の直山となったが、鉱山としての隆盛は明治に入ってから。盛岡の商人瀬川安五郎が払い下げを受けた一八七六(明治九)年、嗽沢(うがいざわ)に大鉱脈を発見して以降のことになる。さらに二十年後の一八九六年に三菱合資会社にその経営が移ると、近代的設備を次々に導入、鉱山発展の基礎を築いた。最盛期の大正から昭和初期にかけては、従業員二千人あまり、坑道の延長も五万三千メートルを超えた。

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七区画に分けられた鉱山住宅を中心に小学校、病院、劇場などが鉱山を核に集中し、旧荒川村の中心地として繁栄を極めた。
 「マインロード荒川」は、この鉱山を史跡として残し、高山の歴史を長く後世に伝えようと、同町が町づくり事業の一つとして平成二年に建設に着手、今年六月十四日にオープンした。観光坑道として生まれ変わった部分は全長八百十三メートル、見学所要時間は約四十分。滑り出しの人気は上々で、九十九日に入場者が五万人を突破、予想を倍以上も上まわった。

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 荒川にかかる橋を渡り坑道入り口に立つと、ひんやりした空気が迎えてくれる。坑内は常に摂氏十二度前後の気温。夏はクーラーがわりだ。さく岩機をはじめ、鉱山機械の展示コーナーからシュリンケージコーナーへと進む。往路の突き当たりは圧倒されるような立坑跡で、その手前に鉱山の守り神「山(さん)神社」と休憩所がある。壮大な立坑跡に続くのは鉱山資料展示コーナー。坑内の鉱山博物館といった趣きで、コースの中間に当たるこのあたりが一番の見どころ。ここまでは鉱山の歴史を見るいわば"史跡"の部分。
 後半の三百三十メートルはほぼ直線で出口へと向かう。復路のこのコースはコーナーごとに独特の光を用い、照明によって演出された楽しい空間。ブラックライト、ローソク灯、星空、ストロボ、タイムトンネルと続く光の演出は、コーナーごとに全く異なるイメージをつくり出し、大人から子供まで楽しめる。