本のちょっと

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郷土図書室


●あんばいこう著 頭上は海の村 モデル農村・大潟村ものぐさ観察記

 農業体験をまるで持たない人によって書かれた大潟村の社会考察の本である。著者(地方出版社経営)は先に、自宅の目の前の水田農家の一年間の暮らしを通じ、苦悩する現代目本農業の在り方を問う『毎日がコメ騒動』を平凡社から出しているが、今回はその定点観測の視野を四〇キロ先の中"幻のモデル農村"へ向けた。
 そして、減反政策順守派と、それに抵抗する自由作付け派とで村が二分されたかに見える大潟村だが、そこにはコミュニティとしての奇妙な妥協や納得があって、意外にもあっけらかんの生活があることなどを興味深くレポートしている。むしろ戸主一人にしか社会的権利が認められないため、四十代後半の親が老人クラブで無聊をかこつ実例や、息子世代が戸迷いながらも農業近代化ゼミナールで学び、親たちの主義や立場を超えて明るく交流し合う姿など、これまでマスコミ報道が怠っていた、知られざる大潟村現象を伝えてくれる。
 そこに住む農民自身によって書かれた優れた著述も出ているが、村とまったく無縁のフリーライターが、足繁く村に通うことと交友関係を通じての情報を頼りに、公平を貫きながら、しかも自らの日常や好奇心をないまぜに書いた本書こそは、第一級のルポルクージュ兼エッセイといえる。
 四六判二八六頁・二千六十円。東京・千代田区三崎町2-2-12、現代書館刊


●鈴木清著 幼年時代 秋田ほんこ(12)

 昭和初期からのプロレタリア作家(代表作に「監房細胞」「嵐をついて」)で、戦後は旭村(現横手市)村長や県議を歴任した著者の、久々の書き下ろしで豆本仕立て。
 著者はあとがきで〈人はそれぞれ自分の過去を持つ。そこからどういう人間になって行くかはその後のことである。私の幼年時代は、このように過ごしてきた。私はいっさいの理屈を抜きにして、八十歳の今もなお記憶に残っていることを書きたいと思った〉と記す。集落のそばを流れる大戸川での童たちの冒険譚、「あめど(飴屋)」のばっぱなど著者の周辺にいた大人や友達の思い出が語られ、遠く去った村の風景や旧家での暮らしぶりなどが、淡々とした筆致で再現される。
 8センチ×10センチ七一頁・秋田ほんこの会は入会金千円、発行毎六百円。既刊12冊のうち5冊は品切れ。連絡先は秋田市新屋割山町3-52、秋田ほんこの会編集部


●秋商剣友会編 秋商剣道七十年史
 
 秋田商業高校は、スポーツでも県内屈指の伝統を誇る。なかでも野球、サッカー、レスリングが知られているが、剣道も戦前に一回、戦後はしない競技を含む二回、計三回の全国征覇を成し遂げている。当然個人戦でも優れた成績を残している。特筆されるのは昭和八年の全国初優勝を主将として率い、翌年五月五日の天覧試合に十九歳全国最年少剣士として出場の栄に浴した小川弘(秋田駅勤務)、そして昨年の全日本選手権で準決勝進出を果たした同校教員・進藤正弘の両OBである。
 秋商剣道部は開校翌年の大正九年、二期生花巻正が提唱し自らが主将として創部されている。同校は昨年創立七十周年を祝ったが、それを機に本書は準備から編集に五年の年月をかけてやっと上梓をみた。編集には全国初優勝メンバーの一人である安藤五百枝氏(元秋田魁新報編集局長)ちが当たった。
 内容は大きく分けて「追想とわが戦跡」そして各年度毎の「活躍のあと」の二部になり、追想には歴代剣友会長である鈴木政吉、工藤市吉、鈴木節夫の諸氏はじめ百十三人(戦前31、戦後82)の人たちが筆をとって、立体的な部史を形づくっている。
 単に一高校の部史としてのみならず、県剣道史の一端をうかがえる好出版である。B5判四一二頁・非売品。秋田市川元むつみ町6、広島ふとん店内・秋商剣友会刊


●秋田県農業試験場百年史

 明治九年、当時の南秋田郡八橋村に開設された勧業試験場をその前史的な機関として、同二十四年に新しく秋田市上中城に建設されたのが県農事試験場。のち牛島−八橋−泉(外旭川)−そして現在地仁井田と移転を繰返しながら、途中で名称も農業試験場と改められて、今年は百周年。
 その記念出版だが、大部冊の大半は研究業績――水稲・畑作・野菜・花き・肥料・病虫害・農具と農業機械・経営そして八郎潟干拓に関する各分野――の記録紹介に費されている。それだけに専門的に過ぎるが中には明治時代の優良品種一覧と米価・水稲奨励品種の推移を示す一覧表など一般に興味をひかれる資料もある。
 同場は先に七十年史を刊行、その後も『技術研究の八十年の歩み』を出しているが、末尾には最近二十年間の場職員の研究論文の一覧を付しており参考になる。
 A4判五一一頁・秋田県農業試験場刊


●上遠野栄之助写真集 雄物川の野鳥

 著者は元小学校長(湯沢市湯ノ原2住)。駒形小勤務時代に、近くの川で保護した怪我の白鳥を生徒たちと飼育した話や、昭和55年11月、日本では稀にしかみられないコウノトリが雄物川町に飛来したのをウオッチした話など十一編のエッセイも、第三部《鳥きち日記より》に収められている。
 第一部《野の鳥の素顔》は、五十四枚からなる野鳥の芸術的ショット集で、一枚一枚に付されたタイトルの文学性が一層の効果をあげている。いわく――水玉のクレッシェンド(ヤマセミ)・春いちばんのおねだり(スズメ)・日盛りのおとない(カワラヒワ)・瞬発の忍び(ササゴイ)・まだらのコート(キジバト)・まつろわぬ食客(ヒヨドリ)・食虫花(カラス)等々。
 第二部(雄物川の野鳥)は原色図鑑仕立てといえる。県内には二八一種の野鳥が確認されているというが、そのうちの主な種類一〇二について、写真と解説文(撮影の日時と場所を付す)で見せてくれる。
 野鳥への知識というよりは愛情、そして写真技術(二科会秋田支部運営委員・写団影絵会長)とを兼ね備えた著者ならではの写真集であり、また建設省の一地方機関が叢書の一つとしてこのような出版をしたという点でも注目に値いする本である。
 B判十二切一四〇頁・非売品。湯沢叢書(5)、建設省東北地建湯沢工事事務所刊


●最上禄平写真集 北国から自然(かみ)のメッセージ

 著者は脱サラで湯沢市中野に測量設計事務所を経営する五十五歳の会社社長。二十年ほどをかけ仕事の傍ら撮り続けてきた自然や動植物の写真、百余点をオールカラーで収める。フィールドは当然本県が中心だが、北奥羽四県にも及んでいて、風景と鳥・けもの等の写真はほぼ半々。
 昨年春、本州で初めて国の天然記念物のオジロワシの営巣(山形県・飯豊山中)を確認、撮影に成功し学術的にも貴重と評価された、その写真も含まれる。若美町では北極圏の珍鳥シロハヤブサ、鳥海山ろくではイヌワシの幼鳥の巣立ちの瞬間の撮影に成功したのもこの人である。
 海外への撮影行も数多く、アラスカだけでも六度に及ぶ。作品は秋田市内での個展で発表してきたが、次なる写真集出版への期待は大きい。
 AB判百頁三千八百円、雄和町糠塚・光悦洞美術館の企画編集で東京夢想社刊


●無明舎出版編 北秋・鹿角の美術

 北秋・鹿角地方ゆかりの物故画人二十人の、地元に所蔵される作品百二十点をカラー写真で収めた大型美麗本。シリーズとしては昭和57年刊の『横手・平鹿の美術』に次ぐ第二弾ということになる。 収載画人は、川口月嶺・田中北嶺・柴田春光・奈良裕功(鹿角市)福田豊四郎・小林喜代吉・小泉隆二(小坂町)藤盛江岸・小坂虎雪・石川秀穂・伊藤弥太・浜松小源太・伊勢正義(大館市)・石井百畝・山口静恵(比内町)・藤田雪原斎(合川町)・庄司文■(ち)・庄司穂軒・庄司大真・鈴木大祥(森吉町)で、分野別では日本画家十五人、洋画家四人、版画家一人の構成となる。
 必ずしも各画家の代表作を収めているわけではないが、ほとんどが個人蔵なので普段はめったに鑑賞できぬものばかりで、本書出版の意義は大きい。
 地域別美術小史と作品個々の解説には、洋画家の内田慎蔵(大館)、郷土研究家の奈良東一郎(鹿角)、柴田信勝(森吉)の三氏が分担執筆に当たっている。編集部編の詳細な美術史年譜を添える。八百部限定。
 B4判二四〇頁・三万二千円。秋田市広面字川崎一一二-一、無明舎出版刊。



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