施設ルポ(26)

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幼児の言語治療に取り組む
難聴幼児通園施設 オリブ園

 今回は、ことばの話せない子や耳の聞えない子に、ことばの発達を促し指導する県内ただ一つの施設「オリブ園」を訪ねた。難聴幼児通園施設は全国でも十五を数えるだけ。なかでも「オリブ園」は、個人指導を行うかたわら隣接する幼稚園児との協同保育という方法で、子どもの社会性を育てているのが特徴だ。


H・T君の場合

 ここに、ある男の子(H・T君)の生育メモがある。
 <生育歴>  母二十四歳。初生。妊娠中順調。予定日より十一日遅れて出産(自然分娩)。産声あり。三千八百グラム。人工栄養。吐くことが多かった。とりたてて病気はなく生育は順調。母親が仕事をもっており、祖母がこの子のめんどうをみていた。
 <発達経過> あまり泣かず病気らしい病気もなかった。つかまり立ちからすぐ歩いた。
 <言語発達> 一歳五カ月頃「マンマ」と言ったが、その後の発語がみられなかった。オリプ園に来た頃は、アッチイ(熱い)、マソマ(食べもの)、イヤ(拒否)など数語話せる程度。
 <その他>  親の制止もきかず動き回る多動性がみられたが、他の子どもとは遊ぱなかった。自分できめた行動パターン(たとえば、朝起きると階段の壁側をはって昇り、部屋のドアの取っ手をいじる……)に固執し、それを邪魔されるとパニック状態になった。テレビのコマーシャルはよく覚えており、返事をするときもコマーシャルの文句を口に出す──。


五歳の誕生会のとき

 H・T君のように、言語発達が他の子どもより遅れ、自閉的傾向があることに気づくと、母親はまず小児科の医師に相談する。だが、身体的発達も脳波も異常がない場合、診断が保留されることが多いという。そして適切な処置も受けないまま四、五歳になってしまい、その結果学齢期になっても親や他の子どもとのコミュニケーションがなく、親子ともども行き詰まってしまいがちだという。
 オリプ園に、H・T君が来たのは三歳一カ月のときだった。同じ敷地内の幼稚園や「ことばの教室」で治療教育を受けてから一年有余、四歳三カ月で積極的に音声を出すようになった。その頃、それまでの健常児集団との接触を通しての社会性の発達がみられた。その後、オリブ園での指導は言語形成を中心に行われるようになった。そして、入園してから二年たった。月例の誕生会のとき、「ぽくは、H・Tです。今日で満五歳になりました」と、全園児に報告したときは、母親をはじめ職員も皆感激したものだったという。
 このように言語発達の遅れをもった子どもたちが、どのくらいいるのか明らかではない。だが、オリブ園では昨年一年間で百五名の父兄から相談を受けている。それも二歳から三歳にかけての幼児の相談が多く、秋田市はもちろん県内全域、ときには県外からの相談者もあった。


三位一体の協同保育

 オリプ園は、社会福祉法人グリーンローズの第一種社会福祉事業として、昭和五十年十二月に県の認可を受けた施設。いま例にあげたH・T君のように、「ことば」の発達のほとんど認められない幼児の根本的な治療教育を行いながら、発育の状態にあわせて言語訓練を行っている。

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言語発達遅滞や難聴、あるいは脳性マヒ、口蓋裂などの障害をもった六歳までの幼児で、県中央児童相談所の措置(あっせん)を受けた子どぢたちが通園している。このような難聴幼児通園施設は、県内でここ一カ所だけ、定員は三十名。秋田市以外からも、由利や南秋田、仙北から週何日か日をきめて通ってくる母子もいる。
 敷地一千平方メートルに、鉄筋二階建て五百三十平方メートルの建物には補聴器装用訓練室や聴能及び言語訓練室など、この施設特有の部屋が配置されている。また、同じ敷地内には昭和三十六年に設置されたルーテル愛児幼稚園と四十二年開設の「ことばの教室」がある。この「ことばの教室」は、普通の乳幼児(一歳〜三歳)と障害幼児(一歳〜五歳)の保育を行っている。ここでは一歳から三歳までの障害乳幼児は一般乳幼児と同様集団適応能力を育てて幼稚園に送るが、三歳になっても言語や心身の発達がとくに遅れている子どもは、オリブ園に措置されるか、引き続き「ことばの教室」での治療教育を受けることになる。つまり、オリプ園と「ことばの教室」とは開設の趣旨は同じだが、三十人定員の枠があるためオリブ園に入園できない子どもが「ことばの教室」で一般乳幼児との協同保育を受けるわけだ。
 さらに、この協同保育や個人指導をとおして発達のみられた子どもは、幼稚園へと籍を移され、就学時までの間、集団適応能力や社会性、生活習慣が身につくよう指導を受ける、といった具合である。
 この協同保育について、園長の片桐さんは言う。「障害幼児だけの言語訓練より、健常児の中に入れて指導した方が、その子の<ことば>の活性化を助けます」。それはことばだけに限ったものではなく、その子の社会性を育てるためにも刺激になるとも語っている。


個人指導の組み立て

 さて、オリブ園での治療教育はどのように行われているのだろう。次に箇条書きにしてみる。
 (1)三歳頃になっても発語の乏しい幼児を、二歳前後の正常な幼児の中に入れ、六カ月から九カ月集団遊びをさせる。
 (2)その間、食事、おやつなどを他の子どもと一緒に食べられるようしむける。また、排泄(せつ)も母親や保母に介助してもらいながらも、序々に自分だけでできるようしむける。
 (3)保母や指導員は、その子が指示に従ったときなど機会をみつけては声をかけ、身体をさすりながらほめてやる。また、発声を誘導する訓練を工夫して、それを発語へと結びつけてゆく、
 (4)発語しだした子どもに対しては、その子の年齢に近い健常児との接触を幼稚園の年少クラスの場に求めて通園をくり返す。
 (5)さらに言語訓練をくり返す。
 こうした治療教育は、もちろん一人一人の発達に応じて行ってゆく。そのため個人別の「乳幼児精神発達輪郭表」が大きな役割をもっている。「輪郭表」とは──身体の運動機能、興味をもった物などを探しだす探索能力、子ども同士の場合や大人に対する場合の意思表示能力、食事や排泄、衣服の着脱が自分でできるか、音声やことばを聞き分ける聴力や理解力──といった項目をチェックするもの。その都度得られた結果によってその後の治療教育の方法を組み立ててゆくのである。


家庭育児の大きなツエ

 この施設の職員は片桐園長以下十一人。国立リハピリテーション学院聴能言語科を卒業した聴能言語士五人を集めている。ほかに保母さんの研修にも力を入れ、これまで三人が同学院の講習を受けている。
 ある四歳の子の母親は、月何回か行われるカウンセリングで「子どもの動作が早くなった」と報告。これにこたえて「動作が機敏になったことはとてもよいことです。それが目的をもった動作になってくればもっとよい」と評価。「たとえば台所でナベが落ちたとき、それがナベであることを教え、叩いてみせたりします。また教えるときも表情豊かに、ていねいに教えてください」と指導する。
 これはほんの一例だが、障害をもった幼児の母親にしてみれば、オリブ園職員から受ける指導の一つ一つが、育児の大きなつえになっていることは間違いない。