まち・むら

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山内村
 山林に囲まれた村

難所の黒沢峠に"平和街道"を切り開く

 横手市から岩手県北上市に通ずる国道一〇七号線にはいると、"平鹿りんご"で知られる果樹地帯にふさわしく、国道の沿線にりんご、ぶどう畑が目立って多くなる。このぶどう畑にさしかかるともう山内村。村の中心地相野々までは、横手市から車で十五分ほど。果樹畑が続くなかで、山内名物の"イモノコ"もめっきり大きくなっている。
 村の起源は史実で明らかにされていないが、昔は、横手城主であった小野寺氏の領地だったといわれる。くだって慶長七年(一六〇二)、佐竹義宣公が常陸から秋田に遷封以来、その領地となる。
 当時の山内は、出羽と陸奥を結ぶ交通の"要所"であり、県境にある白木峠は「白木峠越え街道」と呼ばれていた。江戸時代には両県側の登り口にそれぞれ関所が設けられ、年間二千人もの通行人でにぎわった。
 しかしこの峠は海抜六百二材もあり、峠越えは並大低でなかったという。また明治九年の番所の廃止もあって、久保田の豪商山中新十郎は、黒沢峠に"平和街道"(平鹿〜和賀郡)を切り開いた。
 この平和街道は明治十二年県道に編入され、その後国道一〇七号線に指定され、現在に至っている。
 一方、すっかりさびれた旧街道・白木峠へ、昨年から村では全村登山を行っており、歴史の道もハイキングコースとして整備され、再び活気を取り戻している。


17年間で千ヘクタールを植林葉たばこは年産119トン

 山内村の誇る資源といえば山林。公有、私有合わせて一七、八一七ヘクタールに及んでいる。このうち天然林が一一、二〇八ヘクタール、人工林は五、三〇〇ヘクタール。村では数年前から財産造成事業として造林計画を進めてきており、昭和三十二年から四十八年までで、ついに千ヘクタールの植林にこぎつけた。村産業課一長の佑藤清さんは「現在これらの保育事業に、年間四千万円近くを投じていますが、もう三十年もすれば相当の林産収入が見込まれます」と目を細める。
 このほか山菜やきのこなどの林産資源も豊富である。ただしいたけ、ためこなどの人工栽培は一時かなり盛んであったが、設備投資や流通の関係などからあまり伸びていない。
 このように広大な山に囲まれているものの主産業は農業で、米による収益が約八億円。これに葉たばこ、ぶどうが続く。昨年の葉たばこ作付けは四〇ヘクタールで、年産一一九トン、郡内屈指の生産量を誇っている。生産農家は百二十四戸、三又地区で全村の四分の三を栽培する。同地区には、昨年第二期山村振興事業で葉たばこ育苗センターが完成しており、全村への苗の供給のほか、今は乾燥作業の真最中。今年は干ばつのためやや減収気味だというが、ざっと一億八千万円の粗収入が見込まれており、葉たばこ生産農家にとっては喜びかくせぬ収入源だ。
 ぶどう、りんごなどの果樹もかなりの出荷量にのぼる。年間約一億円はくだらない。野菜では特産のイモノコが有名。土質、気象条件が適しているためか、山内イモノコはねばりがあっておいしいと評判がいい。十アール当たり二トンの収穫があり、栽培は他の作物より手がかからないため農家も積極的に取り組んでいる。
 村では転作野菜にイモノコを奨励しており、ゆくゆくは、主産地をともくろんでいる。

整備進む鶴ヶ池公園人気高まる山内杜氏

 村の自慢は鶴ケ池公園、相野々ダム、それに三又温泉など。また山村ながら、簡易水道の普及率が百%に達していることも注目されよう。
 相野々駅手前の左手高台にある鶴ケ池公園は、古くは行楽地というよりも信仰の地であり、戦時中は出征兵士の武運を祈る人が絶えたかったとか。それが、昭和四十二年に地質調査でボーリングしたところ、地表で五五度という良質の温泉が一分間に九〇リットルも湧出し、いちやく相野々温泉としての名を高めた。四十三年には「鶴ケ池荘」がオーフプン、今では年間十五万人もの利用客でにぎわっている。
 新観光三十景に指定されて以来、着々と整備が進められ、周辺の山々にはつつじ、ばら、白樺などを植樹した。さらに池のほとりを一周する散策道路の舗装、駐車場の建設、ショウブ園をつくる計画もある。山あいの新しい行楽と保養の地として、今後が楽しみといえよう。
 すぐ近くには、土えん堤ダムとしてはえん堤の高さが日本一という相野々ダムがある。仙北平野から平鹿一帯までの県南の穀倉地帯約三千ヘクタールをかんがいする豊かな水量をたたえており、とくに紅葉シーズンがすばらしい。

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 山内杜氏も忘れられないものである。農業の生産基盤が弱かったこの村では、昔から出稼ぎが多かった。現在は六百人ほどだが、このうち半数が酒屋への出稼ぎ。酒屋出稼ぎが始まったのは大正末期からで、杜氏たちは、季節になれば県内はもちろん弘前、山形、静岡と全国各地へ散った。遠く朝鮮にまで勇飛したことがあるという。
 大正十一年山内杜氏組合が創立され、現在は約五百人が組合員となっている。年一回講習会や杜氏試験などを行って醸造従事者の質の向上、技術の改善に努めており、山内杜氏の人気は高まる一方である。
 山内村は景勝地をはじめ、山間部にありたがら国鉄北上線と国道一〇七号線が村を横断しているので、比較的交通にも恵まれている。これらを地元産業と結びつけてゆくことが、なおいっそう発展するカギではないだろうか。三又温泉の手前から東成瀬村岩井川に抜ける県道横手住田線も、山道六・七キロを現在急ピッチで五事中であり、開通すれば雄勝との経済交通も盛んになるとして、その完成が待たれている。


 ガイド

沿革
 ▽村 長=藤原謙一氏
 ▽合 併=昭和三十四年大沢地区の一部が横手市へ分村
 ▽面 積=二〇五平方キロ
 ▽人 口=五、七七七
 ▽世帯数=一、二三六
 山に囲まれた村で、面積は平鹿郡の四分の一を占め、その九割が山林と原野。東は岩手県利賀郡に接し、その昔太平洋と日本海を結ぶ"要所"でもあった。


下車駅

 北上線相野々駅から役場まで歩いて一分。羽後交通横手営業所前からはバスで三十分。


やど

 中心部相野女に一軒、村営の国民保養センター「鶴ケ池荘」が、バスで三十分のところに三又温泉がある。


名所・旧跡

 鶴ケ池公園は春は桜が咲き、雑木林の奥からはウグイスの鳴き声が聞こえる。初夏のワラビとりも面白い。
 付近一帯は禁猟区で、四珍に及ぶ池の水面には野鳥、力モが生息するほか、紅葉もすばらしい。
 役場から十三キロ奥地にある三又温泉は、静かな山峡の温泉で保養のためには絶好の地。神経痛、高血圧、胃腸病にきくといわれ、湯治に、保養にと利用者が絶えない。


文化財

 文化財ではないが、相野々駅から四キロの筏部落に文化財級の大杉がある。樹齢千年以上、高さ六〇メートル、幹の周囲一六メートルの神木。村の人たちは"番神の大杉"と呼び、悪病退散の一。霊験があるとして、近郷の参拝者が絶えない。


あじ

 これからは何といってもイモノコ汁。観光ぶどう園では、イモノコに肉やきのこを入れた「イモノコ汁」が呼び物となっている。
 ワラビ、ゼンマイ、ウド、キノコなどの山菜も豊富。三又温泉ではニジマス四十万尾を養殖しており、食ぜんには必ずこれが出る。