生産調整に取り組む

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秋の宮いちご生産出荷組合   〜成功した遅だしイチゴ 水田の切り換えも進む〜


 雄勝町横堀駅で下車、国道一〇八号線に入り、アユの釣り場として知られている役内川に沿って車を走らせると、左手に院内銀山に送電するため建設された日本で三番目に古いといわれた樺山水力発電所の建物が見える。この発電所に向かう橋のたもとに新築されたばかりの秋の宮いちご生産出荷組合の事務所がある。
 秋の宮いちご生産出荷組合は菅和三郎さん(五四)を組合長とし、会員百四十二名、栽培面績二十ヘクタール。生産量も順調に伸びており中央市場でも"秋の宮いちご"としてその名を知られるようになった。
 秋の宮地区は山間部のため水田面積が少ないが高地を開墾して、リンゴなどの果樹栽培は昔から盛んな所。会員たちの平均水田面積も約○・六ヘクタールほど。このため副収入の道として戦後、いちごの栽培を行なってきた。
 組合が発足したのは十五年前。それまでは収穫したいちごを各農家ごとに地元の商店におろしていたが、買いたたかれて思うように収益をあげることができなかった。この状態を見かねて、生産から出荷まで一括して行ない、生産者の利益を守ろうと組合が結成されたもの。


"もりおか16号"を導入

 現在、栽培されている品種はダナー幸玉もりおか16号の三種が主力。今年の出荷量は生食用が五万四千四百キロ余、ジャムなどの加工用が一万五千三百キロ余、計七万キロ、売上額にしておよそ一千二百万円ほど。
 収穫は六月中旬から始まり下旬がピークで七月中旬に終るが、組合では出荷の方法に一工夫加えることによって高収益をあげている。いちごは桜の開花と同じく南から北上するので、秋の宮いちごの生産が始まると最初は、まだ地場物の出ていない青森へ、青森産が出るころになると北海道へ、さらに北海道産が出回ると今度一転して生産の終った南の方へ遅だしいちごを出荷するといった具合。
 このような方法が取れるようになったのも、三年前に導入した遅出し品種の"もりおか16号"のおかげ、各地の市場を調査していた菅会長は端境期になると価格が高騰するのに目をつけ、この地に適した遅出し用の品種はないものかと盛岡市にある農林省の果樹試験場に相談におもむき、慎重に選種してもらった結果決まったもの。甘味の中に少しすっぱ味もあり独特な風味がある。実も堅く長持ちするので長距離の輸送にも強いという利点も持っている。
 まだ生産量も少なくなじみが薄いにもかかわらず、ことしの価格は東京築地市場で二キロ入りで平均五百八十九円、函館市場で六百二十二円と他品種より一・五倍ほどの高値を呼んだ。


発送時間が勝負

 いちごはなま物だけにいたみが早い。それだけ輸送には神経を使う。七万キロの生産量のうち生食用として県内市場への出荷は一割にも満たない四千八百キロ残りはすべて県外市場。県内は問題ないとして、遠隔地へ送る場合は、輸送中の熟度も考慮しなければならない。途中で鮮度が落ちれば市場での価格もさがる。極端な場合は十分の一以下になるというから恐ろしい。
 このため摘み取り、出荷は綿密な計画のもとに早朝、昼、午後の三回に分けて行なっている。各農家で摘実されたいちごは大きさ、熟度に分けられ箱詰されて集収荷場に運ばれてくるが、ここですぐ検査を受け、輸送会社と特別契約でチャーターされた車につまれ、それぞれの市場に向けて発送される。
 夏場の気温の高い時期だけに、ぐずぐずして発送時間が遅れるようなことがあればその品は鮮度が落ち市場での商品価格はゼロになる。それだけにこの間の作業は一刻を争う厳しい仕事。"時は金なり"という言葉がぴったりするほどだ。最初のころ会員の車で東京まで運んだことがあるが、途中で車が故障し大損害をだしたというエピソードもある。


課題は技術格差の解消

 現在、中央市場へ出荷するようになったが、ここまでなるまでの組合員の苦労は大変なものがあった。組合が発足して最初に取り組んだのが、それまで使用されていた四キロ詰めの箱を二キロ入りに替えること、四キロ箱になれてきた人たちの中には二キロ箱にする必要はないと、おいそれと応じてくれなかったが、結果的には当時四キロ三百円であったものが二キロ入りで二百円で取引きされており、箱代を差し引いても収入が増加するということで落着。

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 その後、会員数も次第にふえ、栽培面積の増加によって新たな市場の開拓に迫られた。当然大消費地の東京に目が向けられた。しかし、初めてのため様子がわからず他の市場と同じ商売をしようとしたところ見事に失敗。品種が在来種の古いものであるうえ、ケースや形、熟度がまちまちで市場では二、三流品扱い。そこで当時、もっともよく出ていた幸玉の苗を福島県のいちご産地から取り寄せ、品種の切り換えを実施、同時に普及所の指導員を招き栽培技術の指導を受けたりゼミナールを開き、品質等の向上に努力が続けられた。これらが実り、徐々に市場での地位穫得に成功。
 しかし菅組合長は

まだまだ技術等に個人差がありすぎる。この差を是正しなければいけない

と表情は厳しい。
 ことしの例をみても五アールで二十二万円、反当りにすれば四十万円程の粗収をあげている農家もあれば、わずか二、三万円と極端に低い農家もある。この差は労力のかけ方によってちがってくる。組合長もいちご作りのおもしろさはこの点にあると話す。

 一農家が自家だけの労働力で経営できるのはせいぜい二十アールまで。それぞれ管理を厳重にし、多く手をかけて高級品を生産するべきだ。いいものはいくらでも売出し、収入の面でも米よりも四、五倍の高収益をあげることができる。組合員に対してこのことを口がすっぱくなるほど話しています。


見通し明るい将来

 日本でもここ数年来欧米の先進国なみにいちごの消費量は急速に伸びている。とくに東京などの大都市では著しい。こうした傾向に、組合でも今後は大都市とのパイプを一層強めていく必要があると考えている。

 なにしろ東京都の人口だけで約一千万人、それに昼中の流動人口を加えると一千数百万人という膨大な人口、この数字には魅力がある。消費者の立場に立って選果、品種の選定を厳重にし高級品などのよいものをどんどん出荷したい。地元で取れたものは消費するといった閉鎖主義は棄てたい。県内では消費量が少ないし、高級品の値段も安いですからね

 減反も二年目を迎えたが、雄勝町でも転作物はこれといった決定版はなく、おくら、菊などを栽培しているもののまだ模索中といったところ。こうした状態に組合では、いちごの将来性が非常に明るく、換金性が高いことから積極的にいちごつくりの仲間をふやしていく方針。もともと、いちごは水の便がよい所に向いているだけに水田をいちご畑に転換すれば現在よりさらに生産量をあげることができるという。先進県の例にも五百アールに栽培し立派な成績をあげている所もある。

 これまでの農政は米一本できたが、減反が続いたり、協業化、共同化が進めば余剰労働力が出てくる。これらの労働力は大部分がいちごを含めた園芸に向けられる。時期が来るだろうが、その時には県は、これらのものにも思いった助成、技術指導をしてほしい

と農政に対する要望を語る。組合ではことし県・町から二百万円の補助を得て四百三十万円を投じて集出荷場も改築している。二百平方メートルと古い建物の二倍の広さがあり一日一万箱を処理する能力がある、作業時間も大幅に短縮された。今後の増産にも十分即応できる体制が整っている。