茶の間の科学

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飯ずしと秋田  〜児玉栄一郎 (衛生斜学研究所長)〜

 十二月荒海の潮騒に遠く二度三度雷迅がとどろくと、もう餅の漁期である。ハタハタは鍋にしたり、焼いたりして食べる外塩漬けとして越冬に備え、また飯ずしとして漬ける。
 このハタハタの飯ずしこそは郷土秋田の味であり、さればハタハタ鮨の味を忘れかねて県外からわざわざ注文があるほどである。ただ忘れてならないことは、飯ずしを季節はずれに作った場合にはボツリヌス菌による食中毒という恐ろしい事件が発生しうるということである。


こわいボツリヌス菌青酸カリよりも強力

 ボツリヌス菌は学名をクロストリジウム・ボツリヌムといって、紡錘形をしている細菌である。後半のボツリヌムというのはラテン語のボツルス、つまりソーセージ(腸詰)を意味する言葉で、昔ドイツやオランダなどでこの細菌由来のソーセージ食中毒が沢山でたからである。このボツリヌス菌は適当な食品にまぎれ込むと其処で増殖し、その途中猛毒を出す。つまり日本でいえば飯ずしにあたるという事態が起るのである。
 世の中にはいろいろな食中毒があるが、このボツリヌス菌による食中毒の場合には人の末梢神経を侵してこれを麻癖させる。しかもいちど罹ったらその死亡率歩非常に高いということが特徴である。それはボツリヌス菌の出す毒素のためで、その毒力は青酸カリよりも猛烈で、毒素が一キログラムあれば全世界の人類をことごとく殺せるといわれている。

 このボツリヌス菌による食中毒事件、日本でいえば主として飯ずし中毒ということになるが昭和二十六年以来今日まで総計五十七件である。有毒の飯ずしを食べた人は総計五百五十六名中毒患者三百十九名、そして死亡者は八十三名である。
 したがって罹病率は五七・四パーセント、死亡率(致命率)は二六・○パーセントとなる。秋田県だけについていうと、発生件数は昭和二十八年以降一三件で、六〇名がこれに罹り、二四名が死亡しているから死亡率は四〇パーセントとなる。しかし昭和三十六年には仙北郡南外村でサソマの飯ずし中毒が発生したときには中毒者が十六名でそのうち十二名が死亡したのであるから致命率はまさに七五パーセントという高率を示した。しかし時には罹った人が全部死亡する、つまり致命率が一〇〇パーセソトとなることもあり、そのような場合、外国では家族全員一掃されたという言葉が使われたものである。


ミンクやカモも被害ボツリヌスの中毒例

 さてこの飯ずしというもののタネはハタハタと限らず、いろいろな種類の魚が使われている。日本で起ったボツリヌス中毒で調べてみると、魚の種類は二十二種類であって、このうちカレイによるもの十八件で最も多く、次がハタハタの十一件その次がサソマの四件、その次がサバ、アジ、ニシン、イワシ、マスという順序になる。
 しかしこれは特にカレイが危険であるということではなく、漁獲の時期や魚の形態などが関係するもののようである。秋田県だけの飯ずしの実態調査(アンケート)では、最も多く使用されるものはハタハタで、次がサンマ、ニシンという順序であった。
 以上のように飯ずし中毒といえば必ずタネとして何らか種類の魚が用いられるのであるが、同じ飯ずしにしても野菜だけのものからは一件も中毒が起っていない。これは秋田県だけのことではなく、日本国内同様である。しかし手放なしで安心できないことはのちほど述べよう。

 普通いうボツリヌス菌という細菌は一種だけではなく、これには六種類の型がある。A型から初まってF型まであるが、このうち人間の食中毒と間係の深いものはA、B、E、Fの四型である。残りのC型、D型は鳥類や獣類の中毒と関係が深く、鴨などの渡り鳥が一度にたくさん死んだり、ミソクが毛皮となる前に斃れて業者が大損することがある。
 前年日本でも北海道ではミンクがやられて大損害を蒙ったことがある。これは、ミンクの食糧となる鯨肉がCB型のボツリヌス菌で汚されていたからだったという。しかし人の食中毒となると日本ではE型がいちばん問題となる。いや人間ばかりではなく鳥さえも中毒することがある。

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アメリカの中毒事件死亡者九百四十八名

 近代までボツリヌス中毒といえば欧米ではA型とB型に限られていたが、ソ連アゾフ海出身の変テコなボツリヌス菌がE型と命名されるようになってから世の注意がこれに向けられるよらになった。このE型菌は日本ばかりにあると限らず、ソ連、北欧、フランス、北米にもあって、中毒事件が発生している。しかしこのE型菌はおもしろいことに赤道を越えて地球の南半球に行かないということである。
 現在E型菌は北米のアラスカにもカナダにもアメリカ合衆国にも分布している。アメリカ合衆国では一八九九年以降一九六七年までにボツリヌス中毒事件発生は六百三十九件で、患者は六百六十五名、死亡者は九百四十八名であった。
 これを型で別けてみると、A型では四百六十三名、B型では百十七名、E型では五十七名、F型三名、そしてAB混合が六名であった。E型による食中毒は、一九三〇年以降報告されたものであるが、最近とくに多くなり、一九六〇年以降では五十七名のうち三十四名となっている。
 そしてE型による致命率も日本よりはるかに高く四三・九パーセントとなっている。アメリカ合衆国では日本のように飯ずしなど食べないのであるが、しかしE型菌による中毒となると十七件のうち十六件までが魚およびその加工品が原因食となっており、残る一件だけが野菜から起ったという。

 これで見てもボツリヌス菌の中でも特にF型菌は魚類、魚肉と縁が深いことがわかるし、この点、魚肉加工には入念な注意が必須であると思われる次第である。
 最近東北地方や北海道では飯ずしが店頭で販売されたり、ニシソなどの切り込みが販売されたりしている。
 粥ずしといい切り込みといい、飯ずしと大同小異の代物であるが、この切り込みを原因食品としたボツリヌス中毒が北海道ではすでに四件も発生し、六十二名が中毒に罹り、二名が死亡している。
 店頭販売の飯ずしによる中毒の発生報告は未だないが、私どもが十九件の物件を検査した際、その一物件にボツリヌス菌のE型菌を確認している。
 またアメリカを例にとってみると、一八九九年以来昨年までの期間にボツリヌス中毒六百九十三名中、家庭で作られた食品が原因であったもの四百六十一名、市販食品から罹患したもの六十名、不明百十八名という報告である。この報告から考えられることは、魚類加工には家庭ではもちろん充分な注意が必要であるが、いやしくも販売を目的とした場合には特別な注意が必要であるということになる。


飯ずしの製法が問題"すし"の歴史を考察

 さて日本国内で飯ずしに類した寿司を作っている所は決して稀れではない。しかし、ボツリヌス中毒となると秋田、青森、岩手、山形の四件と北海道だけに限られているのは如何なる理由によるものだろうか。
 その理由の一つはボツリヌス菌がその土地にいるということ。第二は飯ずしの作り方ということが原因ではあるまいかと考えられてくる。
 ここではまず秋田で現在普遍化されている飯ずしの作り方が何時の時代に中央から伝えられたものであろうかということを考えて見ようと思う。
 もちろん秋田の飯ずしは鮮としてイソスタントのものではなく、馴れずしか、または、生ま成れずしの部類に属すものであるから、その形態のものを文献から拾い上げればよいということになる。ただし鮨とか鮓などという文字は漢字であって、最初から仮名文字があった訳ではなし、また寿司などと昔書かれたことはない。それで鮨とか鮓とかいう文字が最初に現われた古文書は恐らく大宝元年(西暦七〇一年)に編まれた大宝律令の賦役令であろうという。

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 それには、しかしこのような文字が書かれてあるというだけで鮨の製法などわからない。
 それから二百年後僧昌住が編んだ新撰字鏡という辞書には、鮨という文宰は酒之(すし)と訓ずべしと書かれており、そのほかにすしを意味する漢字を四つ五つあげてある。
 その後延喜五年から延長八年までの年月(西暦九〇五―九三〇年)をかけて編まれた延喜式という本の中には鮨という文字があるという他に、魚介獣肉の鮨の種類、それを朝廷に献上した国々の名を挙げてある外に鮨の製法が二ヵ所に書かれている。
 その製法を見ると材料には米は使われているが、その量がかない。その代わり食塩の量が多く、大雑把であるが計算してみると約一〇%になる。これではボツリヌス中毒は起らなかったろうと推定されるが、しかし鮨もこのままでは塩辛くて食べられなかったろうと思われる。
 このように考えてくると延喜式の製法は、発酵による酸味を狙うことは一部で、大部分は防腐の効果を目的としたものではなかったかと思われる。

 その後著わされた古典である和名抄、土佐日記、宇津保物語医心方、今昔物語などにも鮨、鮮、鮓という文字が出てくるが、清少納言の枕葦子には、いにずしという言葉が出てくる。
 十二世紀となって九条尹通の大魂秘抄には、鮓が塩辛すぎたので時の天子から叱られた話が書かれてある。十三世紀となって著わされた無住法師の、沙石集には初めて奥羽の国に鮎ずしのあったことが推定される記事があるが、その製法のことは不明である。
 さらに降って十五世紀に書かれた一条兼良の精進魚物語の中には初めて押しずしという言葉が現われ、また蜷川親元日記には鮒の生成(なまなれ)とか、鮎の一夜鮨などという言葉が出てくる。
 このところ時代で言えば鎌倉時代から室町時代の初めに書かれたものであり、そしてまた、押しずしといい、なまなれ一夜鮨といい、いずれも米飯と関係があり、しかもその量の少なくなかったことを想わすのである。さらにこの時代の鮨はその形態が馴れずしから脱皮して即席鮨の形態に移りつつあったことが偲ばれるのである。

 また文明九年から貞亨四年まで、つまり十五世紀から十七世紀にかけて書き続けられたという御湯殿の上の日記には、すもじという鮮の女流用語が出てくる地に、ハス、イコミ竹ノ子などの野菜ずしのあったことなどがうかがえる。
 そして十六世紀後半世に出た多聞院日記には、竹ノ子ずしの外にナスや、ミョウガなどの野菜すしのあったことが書かれている。多聞院は南都興福寺の子院であったので鮮に魚を使えなかったのでタネを野菜に求めたのであろうけれど、現代のカタウリ、ニソジン、シソなどを配した秋田の野菜ずしを想い浮かべられてなかなか面白いと思う。
 十七世紀となって江戸時代に編まれた松江重頼の毛吹草これは俳諧の歳事記のようなものであるが、その中に初めて出羽のハタハタずしが録されている。この歳事記に載る程度にハタハタずしが有名であったことが推定される。
 その他、黒川道祐の推州府志には京六条の飯ずしとその製法や月夜ずしのことが記され元禄五年(十七世紀末)小野必大の本朝食鑑には一夜ずしの作り方、早成法の他に鮒などの馴れずしの作り方までを丁寧に述べている。
 以上述べたところを綜合して現在秋田や北海道で作られている飯ずしを考えてみると次に述べるように思える。

 すなわち現代の飯ずしはもちろん延喜式に現われた鮨とは、その米飯の量や食塩の量において大差のあることである。米飯の量が多くなって多少とも秋田や北海道の飯ずしに似かよっていたものは南北朝時代(十四世紀)の神職鈴鹿家の家記にあらわれた宇治丸、柿ずし(コケラずし)鮒ずし、鮎ずし以降、徳川初期にかけて産米事清が好転してからであるように思える。
 そしてその製法は馴れ鮨の製法の部分のみ民衆の移動とともにもたらされ、秋田に定着したもののように思える。しかし飯ずしを漬ける準備操作としての魚の血出しということは遂に文献上発見することができなかった。大方の御教示を待つ次第である。


煮沸以外に防止策ない放射線法も試験段階

 さてそれでは、いったいボツリヌス菌という細菌はどこにいるものであろうかということが問題となる。ボツリヌス菌は破傷風菌などと同じように土壌の中に棲んでいるのである。
 土壌といっても地上の土や泥ばかりではなく、池や川、湖や潟、海岸の砂、海底の泥の中からでも見つけだせる。しかし、よくよく調べて見ると、どこにも一様にあるというものではなく、水、ことに魚類と縁の深い所に多く分布している傾向がある。そしてこの泥や砂の中から河水、湖水、海水に浮かれ出て魚体に附着したり、口から呑まれても魚類の腸の中で生きていたりする。

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 したがってボツリヌス菌を土壌から検出できる場所であったならば魚族からも検出できるのである。このことは、日本ばかりではなく、アメリカ、カナダにまたがる五大湖でも同様であり、また恐らくソ連のカスピ海でも、北欧でも同様であろう。おそろしいことである。
 しかしボツリヌス菌はどんな環境におかれても生き抜くということはできない。煮沸という程度の熱を加えると菌は死滅するし、毒素も破壊されてしまう。しかしボツリヌス菌には次世代を担う芽胞、鶏でいえば卵のようなものを持っていて、この芽胞が環境要因に抵抗が強いので厄介である。

 缶詰や瓶詰を造る場合など、中心部まで熱が届かないと、やがて死滅しなかった芽胞が立派な一人前のボツリヌス菌に成長して毒素を出す。それゆえに缶詰などの製造には初回の熱処理から数日おいてもう一回加熱するということがぜひとも必要である。飯ずしは生まのまま食べる家庭が多いのであるが、味噌や醤油、またはショッツルで煮ても食べられる。この方が無難である。
 次に缶詰や瓶詰の中のボツリヌス菌を殺す目的で放射線を当てるという方法が十年も前から検討されているが、現在では未だ試験段階のように思われる。PH(水素イオン濃度)を四以下に下げたり、八パーセントの食塩水に漬けたり、ブドウ糖ならば五十%以上の何かに漬けふとボツリヌス菌は死なないまでも増殖することはないので中毒の危険もしたがって少ない訳である。が、しかしこのような条件では食べられる飯ずしとは縁が遠くなってしまうだろう。


末梢神経がマヒする効果ある抗血療法

 さて人が飯ずしで中毒した場合どんな症状が現われるかというと、最初は吐き気、嘔吐、腹痛、下痢などの胃腸症状で、他の食中毒と紛れ易いが、しかし間もなく、またはほとんど同時に未硝神経の麻癖にもとずく症状が現われてくる。
 視力が弱わるうえに物が二つに見えたり、口や喉が乾いて、ものを飲み込めなくなったり、お腹が張って膨らみ、便秘し、手足から腰から力が抜け、瞳孔が散大し、涙が出ないので角膜が乾く。
 熱はあまり出ないが時には寒気がし、全身の痙攣が起ったり、頭痛がしたりする。それでいて意識は明瞭であるが、話すことが不明瞭で、食物を噛んだり、また呑めなくなる。食道も麻痺するので落ちて行かない。
 死亡するのは肋間筋、横隔膜の麻痺や声帯の麻痺で呼吸ができなくなるからで、ほとんど窒息の状態で死亡する。

 飯ずしに毒があるかどうか見別ける方法は必ずしも容易であるとはいえない。細菌学的に検査してもそれが飯ずしのどの部分でも、どの樽でも同じであるとは言えないからである。
 飯ずしには乳酸醗酵菌が付きものであるが、ブドウ球菌やその他の腐敗菌で腐敗が起っている場合には飯ずしの匂いでわかる。飯ずしがボツリヌス菌で汚染された場合には確かに酪酸の匂いがする。酪酸臭がないからこの飯ずしには毒がないとは言えない。また、実際中毒の原因となった飯ずしの有機酸を調べててみると乳酸の外に酷酸などがあって誤魔化され易く、人の臭覚がそこまで安全だとは思えないからである。
 また、飯ずしを作る段階で飛び込んだボツリヌス菌を抗生物質で殖えないようにしたり、殺したりする方法も考えられているが、これは確かに理論的には正しい。しかしそれでは飯ずしに特有の風味がつくだろうかなどと心配になる。
 次に考えられたことはワクチンである。これも理論的には正しく、また実現可能な方法であって、フグ毒などより実現性の高い方法であるが、しかし実用化してはいない。

 最後は治療の問題である。中毒症状が現われた人の四十%は不幸な転帰をとる訳であるから是が非でも救わなければならない。そのためには対症療法と併せて抗血清療法が必要である。
 実をいうと抗血清をつかうにしても、ボツリヌス菌の何型に対応したものかという問題となる。多価血清といってA型もB型もE型も混ぜた混合血清もあり、日本ならばさしあたりE型の抗血清で足りる訳であるが、B型の抗血清も忘れてはならないし、昨今のように輸入食品が多くなるとA型もF型も必要であるといえよう。E型血清で北海道では死亡率を一八・六%まで下げている。
 しかし、ここで再び考えてみると、死亡率としては低くなったが死亡は未だあるということであるから、飯ずし食い種族の人々はよくよく考えてみなければならぬ問題かと思われるがいかがなものであろうか。皆の良識を待つ次第である。