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語りを聞く

南沢唯一のマタギ 石上紘(ひろし)さん

画像:南沢唯一のマタギ 石上紘(ひろし)さん

   石上さんが猟友会に入会したのは、昭和49年(1974年)、石上さんが32歳のことです。鉄砲撃ちとしては石上家では2代目にあたります。

 石上さんが子供の頃、鉄砲撃ちであるお父さんと一緒に弟が鴨を撃ちに出かけましたが、当時、石上さんは鉄砲の音が怖かったため、一緒に出かけることはありませんでした。
 それから時が経ち、石上さんは無性に射撃をしてみたくなり射撃銃を持ちました。その当時、猟友会の会員は上小阿仁村だけで100数人おり、南沢地域では11人が入会していました。
 
 猟友会の仕事である有害駆除には、北秋田地域振興局に申請をしてから複数人で出かけます。
 南沢地域で管理する栗山には熊が出没しますが、熊が出没する場所は大体決まっており、目星を付けておいたところで待ち伏せをします。
 
 待ち伏せをしている時に1回でも熊に見つかってしまうと、10日くらいはその場所に来なくなってしまい、「熊は賢いよ」と石上さんは好敵手を思い出すかのように笑います。
 
 石上さんが初めて熊を撃ったのは、昭和63年(1988年)の春のことでした。
石上さんにとっては最初の狩りで、猟友会の会員複数人で上小阿仁村の山から太平山に出かけ、本来であれば絶対に熊と対峙しない位置に配置されました。
 いよいよ仲間同士で無線による合図をしながら熊の狩りが始まり、熊が逃げたことを知らせる「行った行った」という仲間の声がどんどん近くなってきます。
 標的の熊は先輩たちの間をすり抜け、とうとう石上さんのもとへと走ってきました。石上さんは咄嗟にその場で足踏みをすると、峰を上ってきた熊と石上さんの位置が少しずれ、その隙を狙って撃った銃弾が熊に命中しました。
 熊が走る速度はおよそ時速40キロメートルから50キロメートル。この判断が少しでも遅れていたら……と思うとぞっとします。
 石上さんは「この一件があって度胸がついた」と話します。
 
 熊との命がけの対峙を乗り越えた石上さんは、ある日、熊が出没する場所へ狩りに出かけ、木にもたれながら熊の出現を待っていると、獣の臭いと寒気を感じました。
 ゆっくりと振り向くと、目と鼻の先まで熊が来ており、石上さんの背後から真横を通り過ぎるところでした。そのまま動かずにじっとしていると、熊は自然に通り過ぎていきました。
 「熊は驚かせなければ大丈夫」と話す石上さんは、長年の経験から、熊が近くにいる気配を感じ取ると寒気を感じるようになったそうです。
 
 山での狩りは、とてつもない集中力が必要になります。
いつも笑顔で朗らかな石上さんがふとした瞬間に見せる鋭い眼光は、山での命のやりとりの跡を物語っています。
 

 

2016年3月31日掲載

 

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