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語りを聞く

鉱山の歴史案内人 戸嶋喬さん

画像:鉱山の歴史案内人 戸嶋喬さん

 
  戸嶋喬さんはたくさんの顔を持っています。「秋田県文化財保護協会」、「JAあきた北央の監事」、「内陸線活性化元気プロジェクト」などに関わり、阿仁町役場を退職後も忙しい毎日を過ごしています。森吉山を中心に活動する「ふるさと阿仁観光案内人の会」の会長も務める戸嶋さんの専門は「歴史」「民俗」です。役場時代には、マタギの観光案内人制度や熊牧場づくりにも携わりました。平成23年(2011年)には北秋田市から芸術文化功労賞を贈られています。

 
 多彩な活動が目立つ戸嶋さんは上小様地域の土倉集落の出身です。役場に勤めていた当時は、町の中心部に通うのが大変で、阿仁合駅にほど近い水無に住居を移しましたが、戸籍は今も上小様のまま、れっきとした上小様地域の住民で自治会のメンバーです。毎朝、土倉集落にある自宅に通い、農作業をしてから水無に戻る生活が定着しています。
 
 戸嶋さんのライフワークともいえるテーマが「マタギ」と「鉱山」です。鉱山については母親の影響が強かったといいます。母親の戸嶋チエさんは「三枚鉱山跡」はもちろん、上小様地域の奥にある「一ノ又鉱山跡」「二ノ又鉱山跡」も実際にフィールドワークし、その目で現地を確かめ、その内容をまとめて本を発行しています。戸嶋さんは母親の運転手役を務め、自身も何度も鉱山跡地を歩いてきました。
 
 戸嶋さんが小学生の頃は、三枚鉱山の峰を越え更に真木沢鉱山を越えて阿仁小学校に通学したそうです。山には至るところに道があり、あらゆる場所を戸嶋さんは歩いてきました。平成23年(2011年)に上小様自治会で行った三枚鉱山跡の現地フィールドワークでは、現地を知る戸嶋さんの解説のおかげで、現在の状況と昔の暮らしがイメージできたと自治会のメンバーは話しています。
 
 戸嶋さんは、江戸時代から日本の貿易を支えた「阿仁鉱山」の歴史を伝えることに大きな魅力と楽しみを感じています。全国から山師が集まり、11人の山師、2,000人の鉱夫が山の中に街を形成していた、そんな当時の鉱山の様子を解説する戸嶋さんは、人々が理解してくれるのが、とても嬉しいそうです。歴史をひもときながら資料を集めても「まだまだ分からないことがたくさんある」と阿仁鉱山への関心はつきることはありません。
 
 上小様地域のことを戸嶋さんは「三枚」と呼びます。生まれ育った三枚への思いは強く、機会があれば地域に縁のある人を上小様に呼んで講話会を開いています。「今、地域で暮らしている人たちを元気にしたい」、「三枚に行って何かやると母さんたちが喜んでくれるのが何よりの楽しみ」と言います。
 
 戸数は少なくても、まとまりがあり、お互いに助け合う力も強い。「三枚さ行けば、ゆっくりします。離れていても、皆と一緒にいたい」と戸嶋さんは話します。
 
 故郷は今、少子高齢化と人口の減少で厳しい状態にあります。鷹巣や大館に家を建てて地域を出てしまう人も増えましたが、そんな人々も地域を捨てている訳ではありません。地域外にいても自治会費を納め、行事や農作業があれば三枚に戻ってきます。「そういう人を増やしていきたい」と話す戸嶋さんは、地域の人々の笑顔を見るため、毎日、故郷・三枚に足を運んでいます。
2012年5月掲載

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