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歴史を知る

男神山・女神山の伝説

画像:男神山・女神山の伝説

 

 玉川の側にそびえる、男神山と女神山。
この二神山は、何百年も前から伝わる「舞台石」「行者岩屋」「田の神石」「孕石(はらみいし)」の伝説とともに、今もなおこの地に残っています。
 この二神山に伝わる伝説を、皆さんはご存知でしょうか?
 
 現代から遥か昔、延暦元年~25年(782~806年)の2月のことです。
玉川村というところに、阿仁から夫婦で移住してきた、「甚内」という真面目で働き者のきこりがいました。
 
 ある日、仕事中にカツラの木の根元でついウトウトと居眠りをしてしまった甚内の夢の中に、白髪のお爺さんとお婆さんが現れ、甚内にこう呼びかけました。
「我らは、養老2年(718年)に、この山に天降りしたイザナギ、そしてイザナギのミコトである。時が満ちずこの世には現れなかったが、至福の時に我等はお前たちの前に現れ、天下安穏五穀豊饒のしるしを見せよう!」
 
 夢を見た日の夜、カツラの木が「我に神楽を手向けよ。いざ神遊びせん……」と声を放ったかと思うと、高いカツラの梢から一つがいの白鶏が光明の球をくわえて、光輝きながら、男神山、女神山の頂きへ飛び去りました。
 これを見た甚内は急いで里をおりて、清らかなお湯を捧げ、八人の乙女と五人の男を招いて神楽を奉納します。
 この舞を奉納した石が、「舞台石」と呼ばれ、今も男神山に残っています。
 
 そして、その後甚内は二神山のふもとにある岩屋のなかにこもり、21日間の断食を行いました。その岩屋は「行者岩屋」と呼ばれ、草深い山の斜面に今も大きな岩屋が残っています。
 
 そうして21日間の修業をした甚内は二神に仕えようと「錠前」という岩屋のところへ行くと、突然その岩戸が左右に開き、中から神々しい二柱の神が現れ、田夫の神となって、永く里人を守るようにと神宣が下りました。甚内の身体はたちまちに丈高い石と化してしまいました。行者沢の右手に立つ三角形の岩は、この時に甚内が化身した「田の神石」であるという伝説が残っています。
 
 また、田の神石の対岸には、妊娠中であった甚内の妻が、石になってしまった夫を悲しみ化身したものと伝わる「孕石」が残っています。
 その孕石は子安明神と呼ばれ、今は少し見え辛い場所にひっそりと佇んでいるといいます。
 
 どの岩も、険しい場所にある奇岩たちですので、ご覧になる際は十分ご注意ください。
2012年2月掲載

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