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歴史を知る

安全寺地域の菅江真澄

画像:安全寺地域の菅江真澄

 

 文化7年(1810年)10月、安全寺地域を訪れた菅江真澄(すがえますみ:江戸時代の紀行家)は著書『牡鹿の寒風』の中で、安全寺地域の真壁氏の家に泊まり、そこで戦国大名として知られる安東愛季(ちかすえ)が寄進したという「真山光飯寺」の大般若経を見せてもらったことを記しています。
さらに、安全寺地域の「十王堂」に祀られている「アミダ様」を「御嶽の神」と記し、「アミダ様」は円仁(えんにん:慈覚大師とも)が作った「阿弥陀仏」、「観音菩薩」、「地蔵大士」であることを記しています。
また、平安時代の武官として知られる坂上田村麻呂が本山の鬼を退治しに来た際、安全寺地域にある大杉に馬を繋いだ……という伝説があること、昔、安全寺地域に「安善寺」という天台宗の寺があったことも記されています。
菅江真澄が記した紀行文からは、安全寺地域の名前の由来や歴史を駆け抜けた武将たちとの関わりを知ることが出来ます。
 
2017年3月31日掲載
 
■参考文献
『男鹿半島史Ⅲ 北浦誌』
 

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