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地域について

地域のあらましと歴史

 三ツ矢沢地域は、中新田(なかしんでん)集落、下新田(しもしんでん)集落の二つの集落からなる地域です。大館市十二所と鹿角市尾去沢鉱山を繋ぐ県道66号線沿いから、谷筋に発達した地域です。尾去沢鉱山のちょうど裏側に位置するこの地域は、古くから尾去沢鉱山に関係した仕事で生計を立てていました。かつては上新田集落、田郡(たごおり)集落、下沢(したざわ)集落など、鉱山で働いた人々の住宅が山肌に軒を連ねていましたが、鉱山閉山後は徐々に人が減っていき、現在の2集落になりました。
 江戸時代は久保田藩(秋田藩)ではなく南部藩(盛岡藩)に属した鹿角・小坂地域の中で、貴重な収入源である鉱山があり、また、久保田藩と境を接する重要な地でした。幕末から明治にかけて戊辰戦争が始まり、南部藩と久保田藩が戦争状態に入ると、南部藩は久保田藩への進撃路のひとつとして三ツ矢沢を通る街道を選び、「館(たて)」と呼ばれる場所に本陣を置き、今の比内・大館市へと向かいました。
 平成23年(2011年)から、鹿角市と秋田看護福祉大の協力を得て、地域活性化についての話し合い、活動を続けています。平成24年(2012年)には鹿角地域全域を舞台にした観光イベント『伝説の里かづの体感泊覧会「でんぱく」』に参加し、沢山の観光客を集め大好評を博しました。

※人口・世帯数は平成27年2月28日現在のものです。

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