秋田を味わいたい!

あきたの旬材 豆腐かすてら

 もそもカステラは今から四百年も前に、当時の人たちが南蛮人と呼んでいた外国人によって日本に伝えられた。その後、江戸時代から明治時代にかけて日本の菓子職人たちの手によって創意工夫が加えられ、「ふっくら柔らかい食感、しっとりした甘さ」を持つ日本独特の菓子へと変身していった。

 ステラの材料は卵、砂糖、小麦粉、水飴といわれているが、戦後しばらくまでは砂糖も卵も高価なもの。これらをたっぷり使ったカステラは当然のことながら高級品で、一般の家庭ではそうそう食べることのできないお菓子だった。 そんな時代、豆腐を主な材料にしていたとはいえ「かすてら」が焼かれ、庶民の口に入っていたとは愉快な話ではないか。

 南の内陸部は米作りとともに畑作も盛んで、みそ、納豆、豆腐、きな粉などの原料となる大豆は重要な作物だった。新鮮な魚介類の入ることの少ない内陸部では豆腐はごちそう。ふだんの日でもたまには作るが、正月や田植え、祝儀や法事など特別な日には、まず豆腐をつくり、人をもてなしていたという。この豆腐にさらに手を加えたのが、豆腐の練り製品「」だ。

 


 本的な作り方はそれほど難しいものではない。布袋に入れて水気をしぼり出した豆腐に、砂糖、卵、塩などを入れる。これを十分に混ぜ合わせ、四角い型に入れてじっくり焼けば出来上がりだ。

 


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 のように手軽に仕出し屋さんに注文できる時代と違い、昭和30年代までは結婚式や葬式などの時には近所や親せきの人たちが集まり、手分けして料理を作っていた。当時は高価だった砂糖をたっぷり入れて焼き上げた「」や蒸した「豆腐巻き」は、お客さまへの最高のもてなしだったに違いない。

 


 和25年ころから豆腐屋を始めたという中仙町の佐藤食品。社長の佐藤秀一さんの話によると、当時は注文があると豆腐を多めに作って、七輪で一枚一枚丁寧に焼いていたとか。「葬式なんかでいっぱい注文があると、急いで焼いたもんでしょ。後で『あのかすてら、一枚だけ中の方がちょっとナマだっけ…』なんていわれたこともあったようです。」と佐藤さんは笑う。

 でこそ電気オーブンで上下から熱を加えて焼くことができるが、それでも一回に40分くらいは時間がかかる。七輪で焼いていた時は、一枚焼き上げるのにたっぷり一時間はかかったという。

 「なんでも甘さ控えめのご時世ですから、『も甘さをひかえては?』という声もあります。でも砂糖には防腐効果があります。ただの豆腐は日持ちがしませんが、砂糖や塩、卵などを入れて焼き上げる「かすてら」なら、1週間くらい大丈夫。それに、これは大豆タンパクたっぷりの健康食品ですから、防腐剤などの添加物は入れたくありません。今後、真空パック以外の画期的な包装でも開発されれば、もう少し甘さを控えた製品も出せるんですがね…。でも、これはこれで素朴でいい味だと思いますよ」と佐藤さんは胸を張る。

 


 

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